事件から2年。当時の施設利用者は別の施設に移った方もいますし、家族の元で暮らすことになった方もいます。
今、福祉業界ではこれまで以上に「意思決定支援」に力を入れて取り組んでいます。しかし、その「意思決定」が難しいのが知的障害の特性でもあります。
考えること、イメージすること、決めること、気持ちを表現すること…それが難しいが故に、多くの支援を必要とする障害です。
事件を受けて、マスコミやジャーナリスト、一部関係者からは「施設での集団生活は望ましくない」、地域生活を優先すべきだ」との声もあがりました。

「意思決定支援」はとても重要な取り組みです。 ではそれを「誰が支援するのか?」。実情は、その殆どを施設職員に委ねています。 「意思決定支援」を実践するには、スキルも時間も必要です。

障害があるからと自ら望んで施設生活を選んだ方は少ないでしょう。
ただ、そうならざるを得ない事情や経緯があったから、施設生活を送ることになったのではないでしょうか。

食事の進み具合、排せつの状態、活動時の表情、人との関わり方、行動から読み取る気持ちの浮き沈み…
知らない人が想像するよりも、施設職員の多くは「意思決定支援」を意識しながら、日々支援を行っています。

少ない情報から、施設の存在を否定する、施設職員の支援の不十分さを指摘することは、ある意味簡単です。

けれども、障害者施設を必要としているのは、そもそも誰なのでしょう。
必要とされるから支援する仕事があり、その仕事に就いている人が施設職員や関係支援者です。
その人たちが、心無い言葉に傷つき、仕事に意義を感じられず、支援する立場を離れていったら。

「安易な」施設不要論や施設職員批判は、それこそ不要といえます。