人は誰でも生きている間に「健常者」から「障害者」になる可能性がある。


それは基礎的な知識ですが、「他人事」と決め込んでいる人の多くは、そうした知識を持ち合わせていないのかもしれません。
また「自分がその立場だったかもしれない」という共感性の乏しさが、理解の乏しさにつながっているのかもしれません。

「自分は健常者」で「頑張っている」のに「生活が大変」。
今の日本で、日常生活を送るのにも辛い思いをしている人が、多く存在していることは事実でしょう。
「だから」といって、世の矛盾や怒りの矛先を、障害者に向けるのは“筋違い”というものです。

かく言う自分自身も、障害者施設で働いた経験や、障害者相談支援事業所での相談業務に携わることがなければ、まだまだ理解が乏しいままだったかもしれません。今でも十二分という訳ではありません。

「世の中は自分のもつ知識だけで理解できるほど単純ではない」。
「当たり前のこと」なのに、私たちはしばしばこのことを忘れ、自分の辛さや弱さや不幸を誰かのせいにすることがあります。

限られた狭い知識で物事を判断するのは大変危険なことです。
そこから導き出された理解もまた危険なものではないかと案じます。